魚に痛みはあるのか?

「魚は、痛みを感じているんだろうか?」

釣り人なら、一度は頭をよぎったことがあるはず。針を外すときに暴れるあの感触。エラをバタつかせる、あの必死な抵抗。あれを見て、「ごめんな、痛いよな」と心の中で呟いたことがない人はいないと思う。

僕自身、30代になって体中のあちこちが痛むようになってから(笑)、ふと考えちゃうんだ。あの小さな体にかかる衝撃は、僕たちの想像を絶するものなんじゃないかって。

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「反射」か「苦痛」か。科学者たちの真っ向勝負

世の中には面白い論争がある。 「魚には痛みを感じる脳の部位(新皮質)がないから、あれはただの反射だ」という説だ。

つまり、熱いヤカンに触れた瞬間にパッと手を引っ込めるような、無意識の反応。

そこに「痛い! 嫌だ!」という人間的な感情は伴っていない、という理屈。正直、これを聞いたときは少しホッとした。「なんだ、反射なのか。なら、残酷なことをしているわけじゃないんだな」って、自分を納得させる材料にしていた時期もあった。

でも、話はそう単純じゃないらしい。

ニジマスが「口をこすりつける」とき

最近の研究では、この「反射説」を揺るがす結果も出ている。 例えば、ニジマスの唇に酸性の液体を塗る実験。魚たちは、水槽の壁に口を執拗にこすりつけたり、呼吸が激しくなったりと、明らかに「不快感」を示したそうだ。

しかも、痛み止め(モルヒネ)を打つとその行動がピタッと止まったという。 ……これって、僕たちが知っている「痛み」そのものじゃないか。

科学的なデータも大事だけど、現場の感覚はもっとリアルだ。 一度釣り上げられてリリースされた魚が、二度と同じルアーに反応しなくなること。単なる反射なら、そんな「学習」はしないはず。

彼らは、あの光る物体に食らいついた瞬間に走った衝撃を、はっきりと覚えているんだ。

釣り人としての「流儀」と、想像力

結局、僕たちはどう向き合うべきか。

僕は、魚に痛みはあると思っている。 というか、「あると思って接する」ほうが、釣り人としてカッコいい気がしているんだ。

  • 乾いた手で直接触らない(火傷しちゃうから)。
  • できるだけ手早く、優しく針を外す。
  • キープするなら、一瞬で締める。

「痛みがない」と決めつけて雑に扱うより、「痛いよな、ごめんな」と思いながら丁寧に扱う。

そのほうが、命をやり取りする遊びとしての「礼儀」がある。

まとめ:残酷さと、その先にある敬意

釣りは、どこまで行っても残酷な側面を持っている。 だからこそ、この論争に白黒つける必要はないのかもしれない。

「痛みがあるかもしれない」という想像力を持つこと。 それ自体が、僕たち釣り人に必要な優しさなんじゃないか。

今日もまた、僕は水辺に立つ。 魚との知恵比べを楽しみながら、でも心の中では、彼らの命に最大限の敬意を払い、そして「釣れてくれてありがとう」と感謝を込めて。

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